2008年11月3日月曜日

Halloween (ハロウィーン)






ハロウィーンは10月31日金曜日でした。ミドルスクールでも、仮装のコンテストがあって近所の男の子が特別賞をもらったと息子が言っていました。職場で仮装している大人もいるようです。夫の職場でも結構いろんな人が髪を染めたり色とりどりの衣装を着て誰か見分けがつかなかった同僚もいたと言っていました。今年は副大統領候補のペイレン氏の仮装が人気があるようでした。
ハロウィーンの直前はチョコレートやキャンディーの安売りと仮装の服と仮面等があちらこちらで売られています。最初の2枚は下の息子がカボチャで作った顔にろうそくで火をともしたものです。それと息子の面白い顔の仮装で、イギリスの紳士だと言っていました。先週末の夕方住宅街を運転していたらあちらこちらでハロウィーンの飾り付けやカボチャを家の前においてあったのでその写真もここに載せました。
ところで、パンプキンブレッドのレシピは食べ物のブログに入れましたので試してみてください。

2008年10月23日木曜日

アメリカはカボチャの季節?


日本ではカボチャは煮物にしたりてんぷらにして食べるだけですが、こちらではこの時季は、ハロウィンが月末にあるので、大きいカボチャを買ってきて、中の種を取って、ナイフで怖い顔のジャックランタンを作ります。先終末、下の息子と近郊にU-pickでカボチャを取りに行きました。
U-pickというのはyou pickから来たもので、来た人たちが自分でカボチャの畑に行って好きなカボチャを選んで採って来てそれを買うというものです。日本ではみかん狩りがそうです。こちらではイチゴや、ブルーベリー、ラズベリーなどもU-pickできます。
カボチャと言っても日本のように小さいものではなく大きさを競うくらいで、とても大きくて重いもので、手押し一輪車を借りて運びます。みんな1つとは言わず2~3のカボチャを買って帰ります。私たちが行ったところは、駐車場がいっぱいで入れなかったので、仕方なく近くの農家でもう取れて売っているものを2つ買って帰ってきました。値段は二つで9ドル50セントでした。 
このカボチャは食用ではなく、ハロウィンのうちのドアの前に飾るものです。芸術的な腕を発揮していろんなランタンを作れて、またユニークなデザインの他のランタンを見るのが楽しみです。写真のカボチャの真ん中にあるのは750mlのワインのビンです。

2008年10月10日金曜日

金曜日はジェイクとメキシカンドミノ


うちでは毎週金曜日に近所に依然住んでいて知り合いになった、一人暮らしの日系2世の88歳のジェイクおじいさんを夕食に招きます。夕食後、大人だけで、メキシカンドミノをします。ジェイクはアルツハイマーを長く患っていた日系2世の奥さんの世話をしながら、2軒隣に40年くらい住んでいました。その奥さんが1年半前に亡くなられて、子供がなく、寂しそうなので、たまに夕食に招いていました。ダニエルはジェイクの家を片付ける手伝いをしたりして、ジェイクとももっと親しくなって毎週金曜日の週一度ジェイクとの夕食になりました。ジェイクは一年前に、家を売って老人専用のアパートに引っ越しましたが、その後も、夕方、ダニエルがアパートまでジェイクを迎えに行ってから、私が日本食の夕食を作って、ジェイクとうちの家族全員で食べた後、メキシカンドミノをします。メキシカンドミノのルールの説明は長くなるのでしませんが、2人から10人くらいで遊べて、お金をかけて遊ぶ人もいるそうです。ハリウッドの有名人の間にも人気があると誰かいっていました。このゲームは、負けた人は残った手持ちの札にある数を加算するので頭の体操にもなります。ジェイクは耳が遠く、目も悪くなって、足腰も弱ってきているようですが、頭のほうはしっかりしていて、ゲームには頻繁に勝ちます。
最近、お客さんを夕食に招くのは金曜日で、来た人はジェイクと一緒にメキシカンドミノをするのが条件になっています。これまでいろんな友人や近所の人たちが参加しましたが、みんな「楽しかった。招いてくれてありがとう。」と感謝されます。私も結構このゲームは好きですが、頻繁に負けるのは私です。
日本から渡米してメキシカンドミノをした経験談がメキシカンドミノを検索するといくつかあって、どれも楽しかったとかいてありました。日本でもメキシカンドミノを買って遊ぶ人はいるのでしょうか。
最後に少し退屈なビデオですが、メキシカンドミノの遊び方のビデオをYoutubeで見つけましたので、興味があればみてください。
リンクは、Mexican Train game video 。

2008年9月25日木曜日

体育館で凧のダンスコンテスト

先終末、友人から電話で、Whidbey Islandで凧揚げ大会(Kite festival)があるから一緒に会って行こうと誘われました。特に彼女は高等学校の体育館の中で行われる、屋内凧揚げに興味があると聞きました。公園での凧揚げ大会には行ったことはありますが、室内で凧揚げとは聞いたことが無いので、本当に凧が室内で上げられるのかしらと一緒に行ってみました。凧揚げの屋内コンテストは7:30に始りました。練習を少し見てから、確かに凧が室内で上げられていました。凧を華麗に音楽に合わせて操ってまるでダンスのコンテストのようでした。友人はまだ修行中でコンテストには出ませんでしたが、コンテストの後、彼女の凧を少し試させてもらいましたが、糸が2つあって、両手でのコントロールが難しく、大会の出演者がやっているように簡単に安定してあげることは出来ませんでした。
年配の方が多く、これは人によっては、運動にもなるしいい趣味かもしれません。
下のビデオをこの会場で取ったので見てください。たくさんビデオを録画したのでPart2とFinalもYouTubeに投稿する予定です。



屋内凧揚げのリンク
http://www.oregoncoast.org/kite-festival/indoor-kite-2007.php
http://www.indoorkiteflying.com/

2008年9月4日木曜日

シアトルで選挙所の仕事


8月19日の選挙の際、近所にある選挙所を手伝う仕事をしました。これで、3回目になります。いつも思うことですが、アメリカは変な国です。アメリカ人でなくてもこの国で働く権利があるものなら誰でも選挙所を手伝うことができるんです。投票のパンフレットで募集しているのを見て電話したら私でも出来ることがわかって、お金ももらえるし、いろんなことに興味のある私はやってみたのが最初でした。失敗や間違いが無いように、選挙の前に3時間のトレーニングのクラスを受けなければなりませんでした。ここで仕事の内容を詳しく教わりました。ほとんど同じ内容で3回めの今回は退屈でしたが、6時に選挙所に行って、7時から始まる選挙の準備から始まり、機械の設定の仕方、帳簿の付け方、注意事項、選挙が終わってからすることなどをクラスで教わりました。
夫の投票所は少し遠い小学校にですが、わたしが働いた投票所は家から歩いて12分のところで、朝歩いて行って、1時間の昼休みも歩いてうちに帰って、夏休みで家にいる息子たちと急いで昼ごはんを食べてからまた歩いて帰ってきました。
この選挙所は4つの選挙区が入っていました。前回、手伝った時は、数えるほどの人しか投票に来ませんでした。ほとんどの人は郵便で投票したのかも知れません。暇で、一緒に手伝っていた人と話たり本を読んだりしていました。新聞や政治や政党に関連した読み物や、コンピュータの使用は出来ないので、料理の本と数独を持っていきました。この選挙所は、年配で60歳くらいの黒人の選挙場管理人の女性と、3人の30代、40代、60代の黒人の女性と、一人の50代の白人の女性、中国人の20代の女性、そして私という構成でした。このうち選挙管理人の女性を含めて、3人の黒人の女性は前回も一緒に手伝いました。朝6時に来て夕方9時くらいまでという長い一日でした。前回は一つの選挙区の投票者の受付をしましたが、今回は少し手間のかかる、条件付の投票者の記録と投票用紙の受け渡しをしました。条件付というのは、郵便投票にしたが、気が変わって投票所にくることにした人や、他の選挙区から来た人、今回初めて投票する人などで、名前と住所を手書き、サインしてもらった後、再度名前をこちらで書いて投票用紙と封筒を渡すという仕事をしました。他の投票用紙は機械で結果を数えられますが、条件付の場合は、一人が二回投票するのを防ぐため、手作業で数えると聞きました。今回は前回より少し投票者の数は多かったようですが、それでも時間をもてあましていました。8時に投票所に鍵を掛けてから、帳簿付けや機械の終了処理等の後片付けをしてやっと9時半に投票所から出ました。その後、自動車で来なかったので、投票用紙や帳簿、機械等を選挙所管理人の女性の車で運搬する際の付き添いの係りに選ばれました。車で10分の小学校に着くとそこで待っていた人たちが青と黒のかばんに入ったすべての選挙で使用した物を車から運び出して行きました。それから家まで送ってもらって家に着いたのは10時くらいでした。投票所で、15年くらい前に一緒に近所の集会等に言っていた女性が投票しに来ていて歳をとって物覚えが悪くなってしまっていたのと、今まで会う機会が無かった、うちの借家人が赤ん坊を連れて投票に来た報告をしながら、夫とおそい夕飯を食べました。

2008年8月15日金曜日

妹の結婚式




東京の結婚式の写真へのリンク
この話題はシアトルではなく、日本に帰ってのことですが、とりあえず、ここに書くことにしました。
妹がずっと前に仕事で知り合った旧同僚だった人と再会して、結婚することになりました。彼女は初婚、相手は再婚。人生のパートナーとシアトルで会って、息子2人と幸せに暮らしている私は、
妹がずっと独身で寂しく年老いていくことを心配していました。彼女が両親と同居して手伝いがいるときはいつでも頼りになっていたので、いつも結婚しろとは言っていたものの両親は寂しくなりました。
妹はシアトルは遠くても、2人目が生まれたときや、私が病院に入院したりしたときにははるばる来て手伝ってくれました。そのときは独身で定職についてなかったとはいえ、時間を割いて飛行機で10時間もかけてきて家のことをしてくれた彼女にはとても感謝しています。親が両方元気なうちに結婚したほうがいいと妹にはよく言っていましたが、妹が他の人のものになったようで、少し寂しいです。でも、だんな様になった人はいい人のようなのできっと幸せにしてくれるでしょう。
結婚式は東京の築地の鉄砲洲神社で7月12日の暑い日にありました。神式の結婚式に出席したのは初めてでした。私も着物を着せてもらって、暑い中、神聖な神前の三々九度であげる結婚式に正装した家族と共に参列しました。その後衣装換えをして、レセプションの夕食に参加、最後のだんな様のお父さんの指揮での三三七拍子が印象的でした。
その一週間後にうちの実家の広島で半べえ という料亭に親戚と隣人を招いて結婚の披露宴が行われました。私の披露宴は両親が全部決めて、私たちは帰省して、出席しただけでしたが、妹と高橋さんは自分達で、全部決めました。出席者への招待状、席決めや引き出物や料理など東京と広島を行き来しながら親と料亭と打ち合わせしたりと、準備はとても大変そうでした。 このとき、冗談でもし司会がいるならしてもいいと言ったら、披露宴の前日に頼まれて、初めての司会をすることになりました。初めてなので、スケジュールと進行役のせりふを新郎がその日の朝までに用意してくれました。もう少し時間があったら自分の言葉に直して練習してから司会が出来たのにと思いますが、いつも人前ではあがってしまう私には考える時間や心臓がどきどきする暇が無かった方が良かったのかもしれません。この披露宴は開会の言葉から始まって、詩吟やクラッシクの生演奏もありとてもユニークなものでした。私の下手な司会意外は、この披露宴は大成功だったと思います。高橋夫人になった妹の幸せを祈ります。

広島の披露宴の写真へのリンク

2008年7月3日木曜日

ミステリーショッパー

ミステリーショッパーと言うとかっこいいですが、日本の知り合いに説明すると、日本ではモニターというのがわかりました。 簡単に説明すると、指定された店に行って、そこの店員が親切か、店がきれいかなど、買い物客になって調べて報告するというマーケティングの調査の仕事です。お金儲けになると思われるかもしれませんが、これは一仕事あたりたった14ドルから30ドルくらいで小遣いくらいにしかならないのです。私は、どうせ買い物に行くので、買ったものが少し安くなってサービスも良くなるかもしれないと思って興味本位でやってみることにしました。
はじめたきっかけは、うちに仕事関係で来た人がミステリーショッパーの会社から派遣されて来たのを聞いて、インターネットを中心にした会社であるが、実際にこの会社を通じて仕事をしている人がいることから、登録してみることにしました。それから登録を受諾されるのに少しかかって最初の仕事は遠くで難しいものの依頼が電子メールできたのでやってみることにしました。まず仕事の前日、その会社のウェブサイトで何ページもある仕事の詳細を学んだ後、復習テストをして、全部正しい答えを入力後、やっと、仕事の場所と調べる内容の質問用紙を印刷しての2時間もかかる準備をしました。当日、車で20分行ったところにあるフェリー乗り場から車ごとフェリーに乗って30分かかるVashon島に到着後、10分運転しての指定されたスーパーマーケットに着きました。まず調べる内容を復習してから、買い物客に混じって、内密の調査の後用紙に記入しました。その後、その店のマネージャーに会ってその店の親会社から派遣されたと依頼会社から印刷して見せるように支持された証書を見せてから店をそのマネージャーと店内を歩いて、冷蔵庫や冷凍庫の温度を記入したりその他の用紙にある質問や見回りをした後、マネージャーからサインを用紙にしてもらうというものでした。
店に入ってマネージャーに会うまでは緊張しましたが、なんとか全部の項目を終えて、デジタルカメラで必要な写真を撮った後、帰路に着きました。その日のうちに集めたデータを依頼外車のウェブサイトから入れて、写真とレシートをスキャンしてからアップロードしてやっと仕事が終了しました。時間のかかる仕事の割には払ってくれる金額はフェリーやガソリン代も含めてたった50ドルという金額でしたが、これはテストだと思ってやりました。そのおかげで次からの依頼は内密の調査でとても簡単でした。これまでやった仕事は、スーパーマーケットのチェーン店に行って、その店の清潔感の調査と店員の態度を調査するもの、そのライバル店に行って、指定された商品の値段を調べてくるもの、携帯電話を売っている店で、プリペイド携帯電話の販売調査等をやってみました。マーケティングの経験の無い私はいい経験になりました。先日2日で3つやった上に自分の用事も重なって四苦八苦してこなしました。今後は少しずつ面白そうなものだけを時間がある時にやろうと決めました。