いくつかの質問が前のブログにあってコメントでは長くなるので、ここに書くことにします。
アメリカの選挙権があるかとの質問ですが、私は日本人でアメリカ人になっていないので、アメリカの選挙権はありません。それから選挙所の仕事はお金がもらえます。今回はいくらもらえるかわかりませんが、100ドルくらいはもらえると思います。16時間働かないとならないので自給としては最低ですが、いいこずかいになります。4-5年前くらいまでは、全部ボランティアだったそうです。日本でもお金はもらえるようです。妹が広島の田舎の町で手伝ってお金をもらったと言っていました。日本は市や町の職員が主に選挙の手伝いをして時間外手当をもらっているのではないかと思います。以前福岡の友人がある市の職員でしたが、選挙の日は働らいていました。
オバマは白人と黒人の混血で、夫にこの混血の人のことをなんと英語でいうのか尋ねるとmulattoというそうです。彼の妻も子供も黒人なので、白人よりも黒人の文化や生活の中に入っているだろうといっていました。こちらに来て確かに人種がいろいろ混じっているといっても、同じ人種同士で集まっていたり、親しくなるのは同じ人種が多いです。私も確かにアジア系の人と話すほうが、親近感があって直ぐ親しくなれます。学校でも、昼食は白人のテーブル、黒人のテーブル、アジア人のテーブルと分かれて座ると子供がいっていました。うちの子はアジア系の子供と良く仲良くなるようですが、白人の友人もいます。プライベートなアクティビティーは同じ人種の人があつまってあることが多いです。私が行くパーティーはアジア系の人も少なくほとんど白人ばかりです。うちの夫の会社はいろんな人が働いていますが、今までいろんなところで働いて今回やっと黒人の同僚と昼食を一緒に食べたりするような友人ができたと言っていました。私は仕事をしていたときは結構アジア系、白人、黒人といろんな同僚と昼食を食べたり、散歩をしたりと親しくしていましたが、いまでも少し交流のあるのは白人の同じくらいの女性で会社では重役でしたが、彼女も今は仕事をせずに主婦と2人ティーンエージャーの子育てをしています。後は近所の奥さん連中の友人です
ところでObamaは祖父母にハワイで育てられたということですが、白人お母さん(Stanley Ann Dunham)は、シアトルのミドルスクールに一年行ったあととなりの町のMercer Island(地図:のアパートで4年暮らして高校を卒業したそうです。とても興味深いObamaのお母さんの話がシアトルタイムズに書いてありましたので、読んでください。(シアトルタイムズ) Mercer Islandはうちのメールボックスがあってスーパーマーケットに買い物に行く場所です。この記事を読んでとてもObama のお母さんに親近感を感じました。
2008年11月11日火曜日
2008年11月6日木曜日
大統領選の日



まだ、夜が明けていない雨降りの朝6時に選挙所(Our Lady of Mount Virgin school)
の手伝いに約10分歩いて行きました。今回の責任者は前回とは違って40代の白人の女性で今回が初めてとは思えないくらい能率的に選挙所を運営しました。今回の選挙所職員の構成は、20代の中国系の男性(中国語の通訳ができます)3人の黒人の女子高校生(17歳で投票は出来ませんが投票所では働けます。)、依然と同じ人々(黒人女性2人、白人女性1人と私)、新しい白人女性(50代)というもので、次回よりも3人多いものでした。
選挙開始の準備をしていると、6:30amに投票に来た人がいましたが、7:00amまで投票所は開けられないので、この男性は外で30分待ってもらいました。うちの夫の話によると、友人夫妻が近所の中学校の投票所に6:30amに行ったところ、投票を待つ人の長い列がすでに出来ていたいうことでした。私の手伝った場所は前回は閑古鳥が鳴いているようなところでしたが、今回は7時になると、長い列が入り口まで出来ました。普段は混雑していない道路が選挙に行く人の車で混雑していたという話も聞きました。選挙所を手伝いに来たのは4度目ですが、こんなに忙しかったのは初めてです。7つのプライベートブース(仕切りのある机)が設定してありましたが、これは全部使用されていて、予備の机も投票用紙をマークする人で占められていました。18歳になったばかりの新米投票者だけではなく、年配の人も含めて今回初めて投票をしに来たという声を何度も聞きました。今回私の受け持ちの選挙区では67人投票しました。前回は15人くらいだったのに比べると、4倍以上でした。私の隣の女性の選挙区の帳簿は私の二倍の厚さでしたが、彼女の選挙区では約145人でした。後2つの選挙区と条件付(provisional)の投票者を含めると350人くらいがここに投票しに来たことになります。
以前の選挙と違っていたのはオブザーバーが選挙所にずっといたことです。うちの夫が投票に行く小学校ではいつもオブザーバーがいると行っていました。このオブザーバーは選挙所で不正な行為が行われていないか、監視するとのことです。私が手伝った場所では2人のオブザーバーは選挙所が開いてから閉まるまでずっと選挙所を見守っていました。一人のオブザーバーは選挙が終わってから、帳簿から何人投票したか、いくつ注意書き(incident Reports)が記録されているか等も調べていました。
投票所が閉まる8:00pm少し前に同僚の女性がもうOBAMAが勝利の宣言をしたという電話を娘からもらったと言っていました。アメリカは地域によって時差があるので、州によってはもう投票は終わって、票は数え始められていて、OBAMAに入れられた数が圧倒的に多くワシントン州や他を入れなくても、すでにOBAMAの勝利は確定したと聞きました。投票所を8:00pmちょうどに閉めた後、あとかた付けをしました。投票者の数が多かったので帳簿の数と票読取り機の数が合わなくて遅くなるのを予期していましたが、結構全部スムーズにいって10:00pmくらいに仕事を終えて帰宅しました。
選挙所を手伝う仕事はいろんな人に出会えて、選挙のプロセスに貢献できるので私にとっては楽しいものでした。シアトルで投票所である選挙は今回が最後のなので、とても残念です。次回からは、郵送で全部投票はおこなわれるそうです。大統領選をシアトルの選挙所の職員として体験できたのは幸運でした。
2008年11月3日月曜日
Halloween (ハロウィーン)




ハロウィーンは10月31日金曜日でした。ミドルスクールでも、仮装のコンテストがあって近所の男の子が特別賞をもらったと息子が言っていました。職場で仮装している大人もいるようです。夫の職場でも結構いろんな人が髪を染めたり色とりどりの衣装を着て誰か見分けがつかなかった同僚もいたと言っていました。今年は副大統領候補のペイレン氏の仮装が人気があるようでした。
ハロウィーンの直前はチョコレートやキャンディーの安売りと仮装の服と仮面等があちらこちらで売られています。最初の2枚は下の息子がカボチャで作った顔にろうそくで火をともしたものです。それと息子の面白い顔の仮装で、イギリスの紳士だと言っていました。先週末の夕方住宅街を運転していたらあちらこちらでハロウィーンの飾り付けやカボチャを家の前においてあったのでその写真もここに載せました。
ところで、パンプキンブレッドのレシピは食べ物のブログに入れましたので試してみてください。
2008年10月23日木曜日
アメリカはカボチャの季節?

日本ではカボチャは煮物にしたりてんぷらにして食べるだけですが、こちらではこの時季は、ハロウィンが月末にあるので、大きいカボチャを買ってきて、中の種を取って、ナイフで怖い顔のジャックランタンを作ります。先終末、下の息子と近郊にU-pickでカボチャを取りに行きました。
U-pickというのはyou pickから来たもので、来た人たちが自分でカボチャの畑に行って好きなカボチャを選んで採って来てそれを買うというものです。日本ではみかん狩りがそうです。こちらではイチゴや、ブルーベリー、ラズベリーなどもU-pickできます。
カボチャと言っても日本のように小さいものではなく大きさを競うくらいで、とても大きくて重いもので、手押し一輪車を借りて運びます。みんな1つとは言わず2~3のカボチャを買って帰ります。私たちが行ったところは、駐車場がいっぱいで入れなかったので、仕方なく近くの農家でもう取れて売っているものを2つ買って帰ってきました。値段は二つで9ドル50セントでした。
このカボチャは食用ではなく、ハロウィンのうちのドアの前に飾るものです。芸術的な腕を発揮していろんなランタンを作れて、またユニークなデザインの他のランタンを見るのが楽しみです。写真のカボチャの真ん中にあるのは750mlのワインのビンです。
2008年10月10日金曜日
金曜日はジェイクとメキシカンドミノ

うちでは毎週金曜日に近所に依然住んでいて知り合いになった、一人暮らしの日系2世の88歳のジェイクおじいさんを夕食に招きます。夕食後、大人だけで、メキシカンドミノをします。ジェイクはアルツハイマーを長く患っていた日系2世の奥さんの世話をしながら、2軒隣に40年くらい住んでいました。その奥さんが1年半前に亡くなられて、子供がなく、寂しそうなので、たまに夕食に招いていました。ダニエルはジェイクの家を片付ける手伝いをしたりして、ジェイクとももっと親しくなって毎週金曜日の週一度ジェイクとの夕食になりました。ジェイクは一年前に、家を売って老人専用のアパートに引っ越しましたが、その後も、夕方、ダニエルがアパートまでジェイクを迎えに行ってから、私が日本食の夕食を作って、ジェイクとうちの家族全員で食べた後、メキシカンドミノをします。メキシカンドミノのルールの説明は長くなるのでしませんが、2人から10人くらいで遊べて、お金をかけて遊ぶ人もいるそうです。ハリウッドの有名人の間にも人気があると誰かいっていました。このゲームは、負けた人は残った手持ちの札にある数を加算するので頭の体操にもなります。ジェイクは耳が遠く、目も悪くなって、足腰も弱ってきているようですが、頭のほうはしっかりしていて、ゲームには頻繁に勝ちます。
最近、お客さんを夕食に招くのは金曜日で、来た人はジェイクと一緒にメキシカンドミノをするのが条件になっています。これまでいろんな友人や近所の人たちが参加しましたが、みんな「楽しかった。招いてくれてありがとう。」と感謝されます。私も結構このゲームは好きですが、頻繁に負けるのは私です。
日本から渡米してメキシカンドミノをした経験談がメキシカンドミノを検索するといくつかあって、どれも楽しかったとかいてありました。日本でもメキシカンドミノを買って遊ぶ人はいるのでしょうか。
最後に少し退屈なビデオですが、メキシカンドミノの遊び方のビデオをYoutubeで見つけましたので、興味があればみてください。
リンクは、Mexican Train game video 。
2008年9月25日木曜日
体育館で凧のダンスコンテスト
先終末、友人から電話で、Whidbey Islandで凧揚げ大会(Kite festival)があるから一緒に会って行こうと誘われました。特に彼女は高等学校の体育館の中で行われる、屋内凧揚げに興味があると聞きました。公園での凧揚げ大会には行ったことはありますが、室内で凧揚げとは聞いたことが無いので、本当に凧が室内で上げられるのかしらと一緒に行ってみました。凧揚げの屋内コンテストは7:30に始りました。練習を少し見てから、確かに凧が室内で上げられていました。凧を華麗に音楽に合わせて操ってまるでダンスのコンテストのようでした。友人はまだ修行中でコンテストには出ませんでしたが、コンテストの後、彼女の凧を少し試させてもらいましたが、糸が2つあって、両手でのコントロールが難しく、大会の出演者がやっているように簡単に安定してあげることは出来ませんでした。
年配の方が多く、これは人によっては、運動にもなるしいい趣味かもしれません。
下のビデオをこの会場で取ったので見てください。たくさんビデオを録画したのでPart2とFinalもYouTubeに投稿する予定です。
屋内凧揚げのリンク
http://www.oregoncoast.org/kite-festival/indoor-kite-2007.php
http://www.indoorkiteflying.com/
年配の方が多く、これは人によっては、運動にもなるしいい趣味かもしれません。
下のビデオをこの会場で取ったので見てください。たくさんビデオを録画したのでPart2とFinalもYouTubeに投稿する予定です。
屋内凧揚げのリンク
http://www.oregoncoast.org/kite-festival/indoor-kite-2007.php
http://www.indoorkiteflying.com/
2008年9月4日木曜日
シアトルで選挙所の仕事
8月19日の選挙の際、近所にある選挙所を手伝う仕事をしました。これで、3回目になります。いつも思うことですが、アメリカは変な国です。アメリカ人でなくてもこの国で働く権利があるものなら誰でも選挙所を手伝うことができるんです。投票のパンフレットで募集しているのを見て電話したら私でも出来ることがわかって、お金ももらえるし、いろんなことに興味のある私はやってみたのが最初でした。失敗や間違いが無いように、選挙の前に3時間のトレーニングのクラスを受けなければなりませんでした。ここで仕事の内容を詳しく教わりました。ほとんど同じ内容で3回めの今回は退屈でしたが、6時に選挙所に行って、7時から始まる選挙の準備から始まり、機械の設定の仕方、帳簿の付け方、注意事項、選挙が終わってからすることなどをクラスで教わりました。
夫の投票所は少し遠い小学校にですが、わたしが働いた投票所は家から歩いて12分のところで、朝歩いて行って、1時間の昼休みも歩いてうちに帰って、夏休みで家にいる息子たちと急いで昼ごはんを食べてからまた歩いて帰ってきました。
この選挙所は4つの選挙区が入っていました。前回、手伝った時は、数えるほどの人しか投票に来ませんでした。ほとんどの人は郵便で投票したのかも知れません。暇で、一緒に手伝っていた人と話たり本を読んだりしていました。新聞や政治や政党に関連した読み物や、コンピュータの使用は出来ないので、料理の本と数独を持っていきました。この選挙所は、年配で60歳くらいの黒人の選挙場管理人の女性と、3人の30代、40代、60代の黒人の女性と、一人の50代の白人の女性、中国人の20代の女性、そして私という構成でした。このうち選挙管理人の女性を含めて、3人の黒人の女性は前回も一緒に手伝いました。朝6時に来て夕方9時くらいまでという長い一日でした。前回は一つの選挙区の投票者の受付をしましたが、今回は少し手間のかかる、条件付の投票者の記録と投票用紙の受け渡しをしました。条件付というのは、郵便投票にしたが、気が変わって投票所にくることにした人や、他の選挙区から来た人、今回初めて投票する人などで、名前と住所を手書き、サインしてもらった後、再度名前をこちらで書いて投票用紙と封筒を渡すという仕事をしました。他の投票用紙は機械で結果を数えられますが、条件付の場合は、一人が二回投票するのを防ぐため、手作業で数えると聞きました。今回は前回より少し投票者の数は多かったようですが、それでも時間をもてあましていました。8時に投票所に鍵を掛けてから、帳簿付けや機械の終了処理等の後片付けをしてやっと9時半に投票所から出ました。その後、自動車で来なかったので、投票用紙や帳簿、機械等を選挙所管理人の女性の車で運搬する際の付き添いの係りに選ばれました。車で10分の小学校に着くとそこで待っていた人たちが青と黒のかばんに入ったすべての選挙で使用した物を車から運び出して行きました。それから家まで送ってもらって家に着いたのは10時くらいでした。投票所で、15年くらい前に一緒に近所の集会等に言っていた女性が投票しに来ていて歳をとって物覚えが悪くなってしまっていたのと、今まで会う機会が無かった、うちの借家人が赤ん坊を連れて投票に来た報告をしながら、夫とおそい夕飯を食べました。
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